僕はむかし、文字に取り憑かれていた。つねに文字を追っていないと落ち着かないから、どこへ行くのにも本は手放せなかった。いわゆる活字中毒というやつだ。
その「病」と付き合うのはけっこう大変で、特に食事をするときは苦労した。読書しながらだと食べにくいし、それに、大事な本を汚してしまうかもしれない。だから僕はソワソワしながらその時間をやり過ごしてきた。
……あのころの自分にこの「一冊」を贈ったら、どんなに喜ぶだろうか? あるいはその美しさに見とれてしまって、もっとソワソワするかもしれないけれど。
渡辺平日(以降 渡辺 と表記)
今回はBOOK on BOOKについていろいろと伺います。これはTENT結成前から、青木さんが温めてきたプロダクトですね。
一言で説明しますと、本を開いた状態で固定するために作られた「透明な本」、アートブックをディスプレイしたり、料理中にレシピ本を押さえたりと、さまざまな用途で使用できます。
アイデアがとっても素敵なプロダクトですが、どういうときに着想されたのでしょうか?
TENT青木(以降アオキ と表記)
僕はむかし、かなりの活字中毒だったんですよ。たとえば、食事してるときに読むものがないからと、牛乳パックの成分表を目で追いかけてしまうほどで。
なのでどこへ行くのにも常に本を持ち歩いていました。当時はKindleとかもなかったですし。
渡辺
なるほど。そのころはどんな本を読まれていたんですか?
アオキ
当時は小説が多かったですね。BOOK on BOOKを思いついたときは、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読んでました。
渡辺
村上春樹さんの作品ですね。もしかしてですが、スパゲティを食べているときに着想されたのでしょうか?
アオキ
いえ、そのときは焼きそばを食べていました。
渡辺
笑
アオキ
そんな具合だから食事中にも本を読むんですけど、こう、ページがパタパタってなってしまうんですね。そのたびに「ああ、もう!」となっていました。
渡辺
僕も食事中に本を読む癖があったので分かります。調味料の瓶でページを押さえようとして倒しちゃったり……。
アオキ
すごい分かります。で、そういう経験を繰り返すうちに、「なにか透明の板があればいいんじゃないか?」と思うようになったんですよ。
渡辺
そのアイデアが、BOOK on BOOKの原案になったというわけですね。
アオキ
はい。BOOK on BOOKに限らずなのですが、僕たちが作るプロダクトの多くは「ああ、もう!」からスタートしています。
渡辺
言われてみれば確かに……! これはTENTではなくidontknow.tokyoのほうですが、STACKとかHANDLEとかは完全にそんな感じがします。
アオキ
話を戻して……あれはたしか2006年くらいかな? 当時はすでに会社で働いていましたが、空いた時間にちょこちょこ自分用のプロダクトを作ってました。
いろいろと試しているうちに、ふと、「透明の板」のことを思い出したんですね。そのとき、たまたま3Dプリンターを使える環境があったので、まずは自分用に作ってみたんですよ。
渡辺
当時を振り返った記事を読みましたが、ものすごく苦労されたそうですね。
アオキ
ええ。当時の3Dプリンターってまだ性能がいまいちで。表面がデコボコになっちゃうんですね、階段みたいに。それを手作業で滑らかにしていくのが大変で。一晩かけて出力して、3日間かけて磨いてという感じで、本当に大変でした。
渡辺
3日間も磨きを……。想像するだけで苦労が偲ばれます。
渡辺
できあがったときの感触というか、手応えはいかがでしたか?
アオキ
作成前は「いいものができる」とは思ってなかったんですよ。いわゆる「アイデアもの」で、試してもどうせうまくいかないだろうと。ところが、実際に作ってみると、これがものすごくよくて。
「なにこの便利さ!?」と驚きました。あまりにも出来がよかったので、自分が作ったものじゃないような感覚さえありました。
あと、「美しさ」にもビックリしましたね。もともと機能だけを求めて作ったものなのに、完成品がすごくキレイだったので、「なにこの美しさ!?」となりました。
渡辺
笑 それにしても、「自分のものじゃない気がする」というのは不思議な感覚ですね。
ポール・マッカートニーさんが『Yesterday』を書きあげたとき、あまりにも出来がよすぎて「これってすでにある曲なんじゃないか?」と不安になった――という逸話を思い出しました。
……話が脱線してしまってすみません。その感覚におちいる頻度は、最近は減りましたか?
アオキ
それが頻繁に起こるようになったんです、最近のほうが。だからこのごろは「これいいね」と褒めてもらっても「僕もそう思います」なんて恥ずかしげもなく言えちゃいます。
渡辺
なるほど……。ちなみに、BOOK on BOOKのときは出来上がったタイミングでそう感じたということですが、最近のプロダクトの場合はどうですか?
アオキ
基本的に変わらずで、スケッチとか図面とか3DCGとかの段階ではまったくその感覚はないですね。なぜかモックアップ(実物大の模型)を見たときに、「わあ、だれがこれ考えたの?」と驚いてしまうんですよ。
渡辺
いま、非常に貴重な話を聞いているという感があります。言語化しにくいと思いますが、もうちょっとだけ詳しく伺っても大丈夫でしょうか?
アオキ
たとえば釣りたての魚がおいしかったとします。魚がおいしいのって、自分の手柄じゃないですよね。僕は釣っただけですから。「この海がすごいんだよ」みたいな。
とはいえ、それを釣った僕もちょっとは褒めてねとも思います。
渡辺
笑 なんとなくですが、「作り出した」というよりは「見つけ出した」という感覚なのかもしれませんね。いや、それにしても興味深い話です。ちなみに、治田さんはそういう感覚になったことはありますか?
TENT治田(以降 ハルタ と表記)
もちろんありますよ。ケースにもよりますが、想定していた以上のものができあがると、そう感じやすいようです。そういうときは「真芯に当たっちゃったな」と思います。芯をとらえすぎて手応えがないというか……。
アオキ
「あれ、いったいどこまで飛ぶんだろう?」みたいな。
一同
笑
「『もの』に興味がある人にとって、重要なヒントがたくさん詰まってるな……」
録音した音源を聞き返したとき、改めてこう感じました。特に「自分が作ったものが、自分のものじゃない気がする」という部分は、もっと詳しく伺っていきたいところです。
「もっと聞きたいよ」という方は #TENT10th というタグをつけてツイートしてみてください。TENTさんからなにかリアクションがあるかもしれませんよ。
2020年10月、テントは10期目を迎えました。
今まで「点々」とやってきましたが、これを機に「線」にしたいなと思い、いくつかの企画を立ち上げることにしました。
メイン企画である、この「10年目の点と線」では、日用品愛好家の渡辺平日さんとともに、これまでに作ってきたアイテムを1つ1つ掘り下げながら10年間を振り返っていきます。
素敵なイラストは、渡辺平日さんとユニットを組んでいるイチハラマコさんによるものです。
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