僕は掃除が好きで、暇を見つけてはせっせと床を掃いたり窓を拭いたり
している。
特に好きなのはパソコンの清掃だ。ディスプレイを拭くときなんかは思わず胸がときめく。……というと大げさかもだけど、なんとなく特別な気分になってしまう。
クリーナーを右から左に、そして、左から右に動かす。わずか数秒のその行為は僕にたしかな充足感を与えてくれる。
自分にとってそれは、掃除というよりも「儀式」に近い。いや、以前はたしかに「掃除」だったはずなんだけどね。うーん。いつから掃除じゃなくなったんだろう。
その答えはさておき、ひとつだけ間違いないことがある。それは、きれいなディスプレイで仕事をするのは、とっても気持ちがいいということだ。
渡辺平日(以降 渡辺 と表記)
今回で、えーと、もう4回目になるんですね。今日はDisplay Cleanerについてお話を聞いていきます。
前回のKey Keeperと同じく、こちらもTENTさんのオリジナルアイテムですね。企画をスタートさせたのはどなたですか?
TENT治田(以降 ハルタ と表記)
これは自分ですね。いまから10年くらい前に、TENTではじめて参加することになった展示会にあわせて作ったものです。
新作のアイデアを出してるときに、「そういえばいい画面拭きってないな。作ってみようかな」と思ったのがはじまりでした。当時、画面拭きといえばペラペラの眼鏡拭きみたいなやつが多くて、もっと違うものがあってもいいのになって感じてたんですよ。
あれこれと試してみて、最初に手応えを感じたのが球体の画面拭きです。そうですね、ちょうどお手玉をイメージしてもらうと近いと思います。まんまるだからしっかりと握れるし、そのへんに転がしておいてもかわいい。「いちいち片付けなくていい」というのは、やっぱり嬉しいじゃないですか。
ハルタ
ただ、だんだんと、「もっと拭きやすい形状があるはずだ」と感じるようになって……。それで青木さんに相談したんでしたっけ?
TENT青木(以降 アオキ と表記)
たしかそうですね。2人で「広くて平らな面」を拭くための道具を連想していくときに、「そういえば、黒板消しってけっこう理想的ですよね」という話になったのだったような……。
ハルタ
たしかそんな感じだったかと。なにせ10年前のことなので、記憶が曖昧で……。
――こうして振り返ると、この発見は大きかったですね。黒板を消す行為と、ディスプレイを拭く行為って、動作としてはほとんど同じじゃないですか。これは理にかなっているなと。
それでさっそく試作してみたら、やはり良かったんですよ。短時間できれいになるし、画面の隅も拭きやすい。しかも、そのへんに置いてあっても気にならない。「これはありなんじゃないか?」と思いました。
案の定というか、そこから実際の製品になるまでは、非常に長い道のりになってしまいましたが。
渡辺
詳しくありがとうございます。ところで、以前からなんとなく思っていたのですが、Display Cleanerって、同時期に発売されたMilk cupと雰囲気が似ている感じがします。デザインとかジャンルとかはまったく違いますが。
アオキ
たしかに、どこか似通ってるところがあるかもしれません。
渡辺
昔からあったものを、現代の暮らしにあわせて再解釈しているところ……? ちょっとうまく言えないのですが、どこか似ている気がします。
ハルタ
言われてみれば、「昔からあるものを新しいなにかに見立てること」は、当時からずっと意識していましたね。
アオキ
もしかしたら、2019年にリリースされたSTAN.もそんな感じかもしれないです。もともとあったなにかを、現代的に作り直すという意味では、まさにそうですよね。
渡辺
あと、治田さんのプロダクトでいうと、ツボギュットにも近しいものを感じます。あれも「手元に置いてても気にならないこと」が大きなポイントでしたよね。
……前回は青木さんの秘密に迫りましたが、今回はなんだか、治田さんの核心に近づいている気がします。
渡辺
さて、「黒板消しをお手本にする」と決めてからが長かったそうですが、詳しく伺ってもいいでしょうか?
アオキ
ええ。そのときの課題を一言でいうと「どこまで黒板消しに寄せるべきか?」だったんです。たとえば黒板消しって革のベルトが付いてるじゃないですか、手を入れるための。
バランスを取るのが難しく、ベルトがあったほうがいいのかなど、細かい検証作業を何度も繰り返してましたね。「ベルトをつけると昭和っぽくてかわいいね」とか、「かわいいね。でも、置いてあるときに邪魔になるかも」とか……。
ハルタ
あのときはそうとう悩みましたね。いちばん手っ取り早いのは、既存の黒板消しの布を、ディスプレイ用の布に替えれば済んじゃう話なんですよ。でも、僕らがしたいのはそういうことじゃなかった。
形状としては黒板消しが最適だけど、そのままでは、いまの暮らしには合わないかもしれない。だから、黒板消しから機能を抽出して、まったく新しいものをつくることにしたんです。
そういうやり方を選んだ結果だと思うのですが、黒板消しとDisplay Cleanerを並べると、あまり似てないんですよね。
アオキ
そういえば、最初はこのタグは付いてなかったですよね。
ハルタ
たしかそうでしたね。
渡辺
そうなんですね。なぜタグを付けたのですか?
アオキ
なんというか、本体にタグを付ける前は、印象がいまいち締まらなかったんです。「なんかいいけど、なんでもないこれを、どうしたらいい?」と悩んでました。なにかが足りないよねって。
ハルタ
表面にロゴを刻印してみたりしましたね。それでもしっくりしなくて、これをなんとか「製品」にしないといけないなと頭を捻らせました。
アオキ
「このままだと『素材』だよね」とか言ってましたね。
渡辺
いろいろ試した結果、タグを付けることになったんですね。取り付けたときはどう感じましたか?
アオキ
「あっ、これじゃん!」ってなりました。
渡辺
笑 このタグはフックに引っ掛けるための「機能」も持っていますが、そもそもでいうと、「印象を整える」ためのものだったんですね。
渡辺
長い時間をかけて完成にこぎ着けたわけですが、発表後で印象に残っているエピソードはありますか?
ハルタ
Display Cleanerが動画編集者のあいだから好評で、密かなブームになっていると耳にしたときは嬉しかったです。ある有名なクリエイターのインタビューの映像に、ちょこっと映ってたのを見たときは、かなり感動しましたねえ。
Display Cleanerは、自分が「欲しい」と思って作ったはじめての自社製品だったので、やはり嬉しさも格別です。
アオキ
それ、僕も覚えてます。個人的には「プロのツール」になっているのがおもしろかったですたぶん、「黒板消し感」をなくしたのがよかったんじゃないかなあと想像しています。
アオキ
そういえば、「画面拭きを作りたいと考えてて……」と治田さんから相談を受けたとき、「なんて几帳面な人なんだ」と驚きました。
僕はあまり掃除が好きじゃないので、「画面拭きを手元に置きたい」という発想には度肝を抜かれましたね。
ハルタ
あの、僕、ほんとうに掃除が好きなんですよね。
アオキ
すごいですよね。
渡辺
笑 話を聞けば聞くほど、お二人は対照的ですね。
アオキ
そうですね。でも不思議なことに、このプロダクトがあると、掃除が好きじゃないはずの僕まで、なぜか掃除をしたくなるんですよ。治田さんの癖がうつったのかな?
渡辺
夫婦がだんだん似てくるみたいな話ですね笑
ハルタ
そうだ、不思議といえば、Display Cleanerを使えば使うほど、存在を意識しなくなってきました。いい意味で「空気」になってきたというか……。
渡辺
それはおもしろい感覚ですね。なにも考えなくても使えて、それ以外は存在感を消す。これってある意味、日常の道具としては理想形と言えるかもしれません。
渡辺
ちなみにケンケンさんは、なにかこのプロダクトに関して、思い出などはありますか?
ケンケン
そうですねえ。先日、青木さんのパソコンが壊れたので、治田さんが点検することになったんですよ。
その様子を見ていたのですが、青木さんのパソコンを受け取った治田さんが、いきなりパソコンを掃除しはじめたのがおもしろかったですね。たぶん無意識の行動だと思いますが……。
渡辺
まるでお姑さんみたい笑 でも、Display Cleanerだったら、一瞬できれいになるので気まずくならなくて良いですね。
一同
笑
今回は治田さんのルーツに迫るような展開となりました。いったいなぜ、「手元に置いてても気にならないこと」を大切にしているのか? そのあたりをこれからのインタビューで掘り下げていきたいです(おもしろい話が聞けそうでワクワクしています)。
もしDisplay Cleanerや、お部屋の掃除などについてお喋りしたい方は、 #TENT10th というタグをつけてツイートしてみてください。TENTさんからなにかリアクションがあるかもしれませんよ。
2020年10月、テントは10期目を迎えました。
今まで「点々」とやってきましたが、これを機に「線」にしたいなと思い、いくつかの企画を立ち上げることにしました。
メイン企画である、この「10年目の点と線」では、日用品愛好家の渡辺平日さんとともに、これまでに作ってきたアイテムを1つ1つ掘り下げながら10年間を振り返っていきます。
素敵なイラストは、渡辺平日さんとユニットを組んでいるイチハラマコさんによるものです。
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