はっきり言ってしまうと、トレーはかなり地味なアイテムだ。だいたいの人が「これでいいかな」というふうに選んでいるんじゃないだろうか。
あるいはこのトレーもそうやって選ばれているのかもしれない。パッと見た感じだと「ふつう」のトレーだもんね。
ただ、ずっと使っていくうちに、その感覚はどんどん変わっていくと思う。いくつかの季節を越えて、暮らしに馴染んだ頃にはきっと、手放せない存在になっているはずだ。
渡辺平日(以降 渡辺 と表記)
第5回目となる今回は、テーブルウェアブランド〈KINTO〉の木のトレーについてお話いただきます。
渡辺
かれこれ4年は使っていますが、TENTさんが手掛けたと知ったのはけっこう最近です。というのも、この木のトレーについては、発売直後の対談を除いては、開発プロセスなどがほとんど公開されていないんですね。
ですから今日はどんな話が聞けるのかと楽しみにしています。まずは、どういう経緯で企画がはじまったかを聞かせていただけますか?
TENT治田(以降 ハルタ と表記)
KINTOさんから「ランチョンマットのように使える木製のトレーをデザインしてほしい」という依頼をされたのがスタートでした。
渡辺
ふむふむ。企画の段階で方向性がわりにはっきりとしてたんですね。
TENT青木(以降 アオキ と表記)
はい。それにしても、当時は深くは考えなかったですけど、いまになって思うとおもしろい企画ですよね。
ハルタ
言われてみればたしかに。同じくKINTOさんから依頼されたPLUGもそうでしたが、着眼点が秀逸ですね。PLUGの開発時にも印象深い出来事がいろいろとあったので、また別の機会にお話しさせてください。
ハルタ
質問に戻りまして、依頼を受けてから早速、TENTの二人でアイデアを出しあったんですけど、青木さんの案がとってもよくて……。「これ以上のものはちょっと思いつきそうにないぞ」と一人で悩んでいました。
結局、その一番いい案に絞って提案したんでしたよね?
アオキ
いや、たしか他の案もいくつか出したと思いますよ。
ハルタ
ええ、そうでしたっけ。
アオキ
治田さんは早々に「これ(青木案)がいいと思う」と言ってたから覚えてないのかも。いつもはそんなことはないから「もしかして調子悪いのかな?」と密かに心配してました笑
渡辺
笑 それぐらい素晴らしい案だったんですね。
渡辺
「一番いい案」が採用になったとのことですが、どういうふうに設計を進めていったのでしょうか?
アオキ
まずは一般的に使われているアイテムを観察するところからはじめました。ちょっと実物がないので分かりにくいかもですが、当時はこういうトレーが普及していたんです。いわゆる「カフェトレー」というやつですね。
アオキ
実用性に優れた道具ですが、じっくりと眺めているうちにあることに気が付きました。なんというか、本来は主役であるはずのご飯を差し置いて、トレーが主役になっている気がしたんです。
さらに観察を続けた結果、「要素のバランス」が原因ではないかと考えるようになりました。
渡辺
要素というと、具体的にはなにを指すのでしょうか?
アオキ
いろいろありますが、トレーの場合は収納性や運搬性、あとは「食卓に置いたときの印象」などですね。そのあたりの優先順位を見直していけば「ランチョンマットのように使えるトレー」がつくれるかもしれないと考えました。
要素を整理しているうちに、「そもそもこのトレーはどこから来たものなんだろう?」という疑問が生まれました。
そこで本やネットで調べてみたところ、もともとは海外のカフェテリア(セルフサービスで食事の提供を行う飲食店)などで利用されていたものが、日本でも使われるようになったと分かったんですね。これが大きなヒントになりました。
渡辺
そうか。本来は家庭用ではなかったんですね。
アオキ
ええ。なので仕様も完全に業務用なんですよ。たとえばカフェトレーって縁の立ち上がりが大きいのですが、これは「大量に積み重ねて収納する必要があったから」だと考えられます。
というのも、カフェテリアではトレーを何十枚も重ねるので、積み重ねやすさや、(積み重ねたトレーの)取り出しやすさが大事になるわけです。
渡辺
なるほど、だから立ち上がりが大きいのですね。
アオキ
そうですそうです。厚み以外だと、アール(角の丸み)が大きいのも、存在感が出る要因となっていますが、これはベルトコンベヤーに対応するための工夫でしょうね。カクカクしていると途中で引っかかってしまいますから
渡辺
うーん。こう考えると、大規模な食堂で用いる道具としては極めて効率がいいんですね。
アオキ
ほんとうにそう感じます。ただ、家庭や小規模店舗なんかで使うとなれば話は変わってきますから、要素を整理することにしました。
具体的には「食卓に置いたときの佇まい」を最優先し、収納性と運搬性の優先度をちょっと下げています。そのために立ち上がりとアールを可能な限り小さくしました。
アオキ
特に立ち上がりの設計には苦労しました。小さくしすぎると指が入らなくなって、持ち上げられなくなっちゃうんですよ。いくら食卓に馴染んでも、使いにくくなっては意味がありませんので、モックアップ(実物大の模型)を作って検証しました。
渡辺
アールの設計も同じくらい大変だったのではないですか?
アオキ
ええ、ここもかなり迷いました。もうちょっとシャープにするとフォーマルに、もうちょっと緩めるとカジュアルに寄りすぎるんです。なのでどちらでも使えるようにギリギリのところを狙いました。
苦労のかいがあって、「ご飯を引き立ててくれるようなトレー」になったと思います。
アオキ
実を言うと、いまでも「これでよかったのかな?」と考えてしまうことがあります。もちろん自信を持って提案したものだし、それは現在でも変わりませんが、個人的にはそう感じてしまうんですね。
渡辺
そんな悩みがあったとは……。しかし、デザインに正解はないと思いますが、限りなくそれに近かったのではないでしょうか。デビューから8年が経った現在でも支持され続けていることが、それを証明している気がします。
いま、何気なく「8年」と言いましたが、ほんとうにロングセラーですよね。発表から長い時間が経ちましたが、実際に使ってみてどんなことを感じますか?
アオキ
僕は毎日、それこそ朝ごはんから夜ご飯までずっと使っています。 いつもそばにあるので「使っている」という感覚すらいつの間にか無くなりました。それほど暮らしに馴染んでいるものだから、なんてコメントしていいか分からないです笑
アオキ
そうだ。むかしの話ですが、家に来た友達が「こんな形のトレーがあるんだ」って驚いてくれたのがおもしろかったです。地味なのによく気づくなと。
そのときに「みんなこういうのが欲しかったんだ」と気付かされました。あと、「みんな意外とトレーに興味があるんだ」と感心しましたね。
渡辺
発売直後は同じようなトレーも少なかったでしょうし、驚きも大きかったのでしょうか。
アオキ
デビュー当時は新鮮だったと思います。でも、若い世代からすると印象が違うかもですね。ケンケンはどう思った?
TENT竹下(ケンケン)
自分で雑貨を買うようになったころには、いろいろな店舗で取り扱っていたし、飲食店で見かけることもあったので、目新しさはなかったかもですね。もうこれがスタンダードという感じすらあります。
渡辺
たしかに……。ある世代にとっては、この形がひとつの「定番」になっているのかもしれません。
渡辺
治田さんは使っていてどんなことを感じますか?
ハルタ
「すごいプロダクトだな」とつくづく感じますね。デザインするときは「定番になるものをつくるぞ」という気持ちで取り組みますが、ここまで広く使われるようになるとはさすがには想像できませんでした。
アオキ
広く使われているけど、しっかりと愛着を持ってもらっている感じもしませんか? 「生活に馴染んではいるけど、どうでもよくはない」みたいな。
ハルタ
ああ、なんとなく分かります。ちょっと特別な立ち位置にありますよね。
ハルタ
ふと思ったのですが、「このデザイナーの製品だから買っている」というわけでもないですよね。「詠み人知らず」というか。暮らしには馴染む。ちゃんと扱いたくなる。それなのに「だれが作ったんだろう?」とならない……。ほんとうに不思議なプロダクトだなあ。
渡辺
トレーというカテゴリー、デザインや大きさ、価格設定など、様々な要素が絡みあって、そういう立ち位置になっていったのでしょうか。
ほかに同じようなのものってあるのかな……。あとで家のなかで探してみようと思います。
木のトレーについてたっぷりと語っていただきました。記事を読んで「このトレー、TENTデザインだったんだ!」と思った方もいらっしゃるのではないでしょうか?
ところで今回は「ふつう、のち、特別。」というコピーを考案しましたが、これには続きがあるかもと考えたりしました。というのも、TENTさんのお話を聞いているうちに、「ふつうから特別になったあと、今度は『定番』になるんじゃないか?」と思ったんですね。
「ふつう、のち、特別、のち、定番」。コピーとしては長すぎですが、かなり正確にこのトレーの性質を表現している気がします。
――取材後に同じようなものを探したのですが、なかなか見つかりませんでした。もし身の回りでそういうものを見つけたら、 #TENT10th というタグをつけて教えてください。もちろん記事自体の感想も大歓迎です。
2020年10月、テントは10期目を迎えました。
今まで「点々」とやってきましたが、これを機に「線」にしたいなと思い、いくつかの企画を立ち上げることにしました。
メイン企画である、この「10年目の点と線」では、日用品愛好家の渡辺平日さんとともに、これまでに作ってきたアイテムを1つ1つ掘り下げながら10年間を振り返っていきます。
素敵なイラストは、渡辺平日さんとユニットを組んでいるイチハラマコさんによるものです。
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