「最近、気付いたんだけど」と彼女は言った。「なにに?」と尋ねたら、まるで聞こえてないような顔をして、ゆっくりとキッチンへ歩いていく。
それからしばらくして、水が沸騰するような音が耳に届いた。なにかを作っているらしい。僕もキッチンに向かい、その様子を眺めることにした。
ジャグにお茶パックを入れ、慎重にお湯をそそぎ、こぼれた水滴を布巾で手際よく拭き取る。まるで踊っているようだと僕は思った。
「最近、気付いたんだけど」と彼女はふたたび言った。「生活って、なんだかカッコよくない?」
渡辺平日(以降 渡辺 と表記)
だいぶ暖かくなってきて、もう春がすぐ近くまで来ているような気配がしますね。花粉症もひどくなってきましたが、がんばりたいと思います。
えーと、今日は前回と同じく、KINTOさんの製品で、ウォータージャグのPLUGについてお話を聞かせていただきます。
キッチンウェアでありながら、どことなく家電のような雰囲気があるような気がします。安定感があるというか。その一方で、生活に溶け込むスマートさも兼ね備えていますよね。
さて、ここからが本題なのですが、PLUGの企画がはじまるときは、どんなオーダーがあったのでしょうか?
TENT青木(以降 アオキ と表記)
うーん、ものすごく噛み砕いて言うと、「密封できる、おしゃれな麦茶入れをつくってほしい」という感じでしたね。
渡辺
なるほど。……それはなかなかの難題ですね。密封できるとなると、どうしても構造が複雑になるので、すっきりと仕上げるのは難しそうです。
アオキ
ええ、実際かなり苦労しました。
ところで、この依頼を受けたときに気付いたのですが……。麦茶を入れる行為ってどことなく物悲しさがある気がします。最近では認識も変わっていると思いますけど。
TENT治田(以降 ハルタ と表記)
安上がりな感じはありましたよね。友達に麦茶を出したら「実家かよ」って言われたこともあったなあ。
渡辺
ああ、その感覚はなんとなく分かります。今ならゴミが減って環境にいいとか、ポジティブな印象すらありますが……。
ハルタ
時代が変われば変わるものですね。
アオキ
ほんとですね。当時はそんな状況だったので、ぼんやりとなんですが、「自分で麦茶を作ることが、(PLUGによって)カッコよくなるといいな」って考えてました。
渡辺
PLACE MATのときのように、PLUGもそれぞれでアイデアを出して、すり合わせていったのですか?
アオキ
ええ。別々で考えて、それから持ち寄りました。
渡辺
ふむふむ。どなたの案がベースになったんでしょうか?
ハルタ
PLUGは自分発進ですね。PLACE MATのときは苦戦しましたが、今回はかなりスムーズに進めていけました。
渡辺
なるほど、滑り出しは順調だったんですね。どういうプロセスでイメージを作り上げていきましたか?
ハルタ
いわゆる麦茶入れって、ものとしてはシンプルですけど、意外に要素が多いんです。だからゴチャゴチャしてしまって、空間になじみにくいのかなと。
さっき平日さんもおっしゃってましたが、PLUGは密閉機能があるので、野暮ったくならないように配慮しましたね。
当時のラフスケッチ。
この連載「10年目の点と線」では紹介順が逆となったが、実際の開発では今回のPLUGの方が、前回のPLACE MATよりも先だった。
渡辺
ラフの段階で純粋な美しさを感じます。要素はどうやって減らしていったのでしょうか?
ハルタ
ジャグを構成する要素は、本体とフタと持ち手、あとは注ぎ口がありますよね。
渡辺
なるほど。たしかに、一個ずつ挙げていくと(要素が)意外に多いですね。
ハルタ
そうなんです。だから「ふたつの要素にまとめられないかな」と考えました。つまり、水が入る透明な筒と、それ以外に。
それ以外というのは、フタと持ち手と注ぎ口ですね。みっつの要素が、あたかもひとつの要素に見えるようにしたかったんです。
アオキ
話の途中ですみません。ちょっと大丈夫ですか?
渡辺
もちろんです。どうかしましたか?
アオキ
このまま治田さんに解説してもらっても十分おもしろくなると思いますが、今回はあえて、採用されなかった側の苦悩について話させてもらってもいいでしょうか?
渡辺
なるほど。治田さん、大丈夫ですか?
ハルタ
ええ、かまいませんよ。さっきの説明でコアの部分は伝えられたと思いますし。
アオキ
ありがとうございます。治田さんが着実に制作を進めていた裏側で、僕がなにをしてたかというと……ずっともがいていました。
渡辺
もがいていた?
アオキ
はい。なにも分かってなかったんですよ、ジャグというものの本質が。それでずっと小手先の工夫ばかりしていました。
ハルタ
青木さんが苦しんでいる気配は感じてましたけど、あれってなにをしてたんですか?
アオキ
(冷蔵庫に)横置きするなら、転がらないようにしないとじゃないですか。なので、フタだけを四角くしたり、大きい取っ手を付けてみたり、そんなことを繰り返してました。
ハルタ
なるほど、そうだったんですね。
渡辺
うーん。なんだろう、いまの青木さんとは、プロセスがまったく違いますね。
アオキ
そうですね。かつての僕は、そういうのがデザイナーの仕事だと思い込んでいたんですよ、きっと。
そうやって苦しんでいるときに、治田さんのラフを見て、「なにをやってるんだ僕は……」と打ちのめされたわけです。
ハルタ
PLACE MATのときは僕も迷走してましたよ。本質を理解せずに歩きはじめると、途中でよりどころが欲しくなって、やりやすい方法に逃げてしまうのかもしれません。
渡辺
青木さん、古傷に触れるようで申し訳ないのですが……。「そういうのがデザイナーの仕事だと思っていた」とは、どういう意味なのでしょうか。もうすこし詳しく聞いてもいいですか?
アオキ
PLUGの場合だと、まず、「ジャグ」というお手本があって、それに機能を足したり、逆に機能を引いたりしていたという感じですね。
もちろん、その方法が悪いわけではないし、手段のひとつだと思います。でも、僕の経験からすると、「長く使われるもの」が生まれる可能性はあまり高くないです。
一方、治田さんはジャグの「本質」を考えるところからスタートしているんですよ。この発見は当時の僕にとっては衝撃的でしたね。
渡辺
だんだん飲み込めてきました。つまり、青木さんと治田さんで、出発点が違ったんですね。
アオキ
そうですそうです。僕は「ジャグをどうデザインしていくか」という場所から。治田さんは「水を入れておけて、水を注げて……」という場所から、出発していたんですよ。
ハルタ
「この道具ってなんだっけ?」って、原点に立ち返っていくのが大事なんですね、きっと。
渡辺
ちょっと聞きにくいのですが、青木さんはなぜ、ジャグからスタートしてしまったのですか?
アオキ
おそらく、「キッチンウェアにはキッチンウェアの文脈があって、それを大切にしなくてはならない」と思い込んでいたんですね。
文脈とはつまり、「らしさ」という意味です。当時の僕は「ジャグらしいものをつくらないといけない」と思い込んでて……。その固定概念を治田さんがぶっ壊してくれたんですよ。
渡辺
詳しくありがとうございます。……こういう表現は安易かもしれませんが、PLUGを通じて、たくさんのことを学ばれたんですね。ターニングポイントになったというか。
アオキ
そのとおりだと思います。このときの気付きを、もっとTENTらしく表現すれば、「そもそもまで戻れるか?」という言葉になるんですよ。僕らはそれを指針みたいにして、これまでやってきました。
もし、別の案が通っていたら、TENTはまったく違ったチームになっていたかもしれません。
渡辺
ほんとうに重要なプロダクトだったんですね。ところで、なんとなく思ったのですが、その気付きって、idontknow.tokyoにも繋がっている気がします。
idontknow.tokyo は
twelvetoneの角田崇、TENTの治田将之、青木亮作、によって2017年から活動を開始したプロジェクトです。
「僕たちは本当は、まだ何も知らない」をテーマに、知っていると思っていることも、知らないと思ってゼロから作り上げていき、その様子を Webページで発表しています。
「文脈に依存せず、そもそもまで戻っていく」って、言い換えたら、「知らんがな」ってことですよね。
ハルタ
(笑) たしかにそうですね。
アオキ
ほんとだ。きれいに繋がってる。
アオキ
文脈の話に戻ると、最近は「知らんがな」するだけじゃなくて、文脈をサンプリングすることもあるんですよ。
渡辺
サンプリング……。具体的な例ってありますか?
アオキ
たとえば象印さんと一緒につくったSTAN.は、「器」の文脈をサンプリングしてますね
渡辺
ああ! たしかに「うつわらしさ」がコンセプトのひとつですもんね。なるほどなるほど。
非常に興味があるのですが、機会を改めて聞いたほうがよさそうですね。メモリストに残しておきます(笑)
渡辺
そろそろお時間ですが、最後に質問させてください。PLUGが発売されたあとで、特に印象深かった出来事はありますか?
ハルタ
デザイナーの知人の家に行ったとき、PLUGを使ってくれてるのを見たときは嬉しかったですねえ。
あと、知人の子どももPLUGを使ってたんですけど、その様子がなんだかカッコよかったんですよ。そのとき、「麦茶を入れるという行為を、ちょっとだけアップデートできたのかも?」と思いました。
渡辺
ああ……。それは最高に嬉しいですね。
アオキ
いい話。すくなくともその子にとっては、きっと、PLUGがスタンダードなんでしょうね。
ハルタ
うん、そうだといいなあ。
TENTさんのターニングポイントになったPLUGについて、たっぷりとお話しいただきました。いやあ、おもしろかった。「文脈のサンプリング」や「そもそもまで戻っていくこと」など、気になるワードがたくさん出てきたので、もっと詳しく伺っていきたいです。
さて、今回のインタビューを通じて、僕自身にも発見がありました。ちょっとだけ語らせてください。
自分はこれまで、「よい道具」とは、生活を素敵にしたり、カッコよくしたりするものだと考えていました。ただ、PLUG(もっと言えばTENTさんのプロダクト)って、それとはちょっと違う気がするんですよね。
「生活をカッコよく」するんじゃなくて、「生活ってカッコいいんだ」と気付かせてくれる感じ……と言えば伝わるでしょうか。まだうまく言語化できてないので宿題にしようと思います。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。なにか気付いたことや感想などがありましたら、#TENT10th というタグをつけて教えてください(もしかしたらTENTさんからお返事があるかもしれません)。
2020年10月、テントは10期目を迎えました。
今まで「点々」とやってきましたが、これを機に「線」にしたいなと思い、いくつかの企画を立ち上げることにしました。
メイン企画である、この「10年目の点と線」では、日用品愛好家の渡辺平日さんとともに、これまでに作ってきたアイテムを1つ1つ掘り下げながら10年間を振り返っていきます。
素敵なイラストは、渡辺平日さんとユニットを組んでいるイチハラマコさんによるものです。
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